ザルツブルク音楽祭旅行記
バルカン半島と大戦のあとを訪ねて〜第4部 サウンド・オブ・ミュージックの巻(by 砂布巾さん)
〜ヒトラーの生まれた町を見学後はナチスゆかりの地でもあるミュンヘンで合流 ダッハウ強制収容所跡、かつての別荘など第2次大戦を訪ねる ザルツブルクでは映画‘サウンド・オブ・ミュージック’のロケ地が見たくてケント・ナガノの演奏会へ
8月21日 ザルツブルクは雨だった
朝は隣の教会のけたたましい鐘の音で7時に目が覚めた。その後少し町を歩いて、ザルツブルクには昼過ぎの列車で向かう。リンツあたりまでの景色はいかにもオーストリアらしく美しい。有名なメルクの修道院は列車の窓から観光できた。
天気は西へ向かうにつれて悪くなり、ザルツブルク到着直前からは雨が降りだした。昨日もクロアチア領内通過中に断続的にバケツをひっくり返したような激しい雨が降ったが、自分の行動中に雨が降ったのは、アムステルダム以来のこと。
到着後は、明日夜ミュンヘン空港で合流して以後の準備で、ザルツブルク音楽祭のチケット購入とホテルの予約。全てうまくいった。
昼食をとる間がなかったので、夜は20日の朝日新聞を読みながら日替定食(ホイテ・メニュー)のシュニッツェル。ちょっと油っぽかった。
オーストリア ザルツブルク編(by RYKさん)
ウィーン&ザルツブルクへの旅のザルツブルク編。
モーツァルト、カラヤン、サウンド・オブ・ミュージック...。
ウィーン・フィルをはじめ世界トップオーケストラが揃う
ゴージャスな「ザルツブルク音楽祭」の舞台、
祝祭劇場の劇場案内ツアーにも参加。
音楽に触れた街。
【旅行時期】2007/11/22~2007/11/29
【エリア】
ザルツブルク
【テーマ】
【投稿者】
RYK
初めてのザルツブルク音楽祭(by とうたかさん)
「ペレアスとメリザンド」フォーレ作曲のこの曲の旋律は実に繊細で美しい。子供たちが中学→高校の吹奏楽部で活動し、この曲は息子が中学生の時に演奏し、私たち夫婦にとっても思い出多き曲。この曲目が今年のザルツブルク音楽祭で演奏されるのを3月にWEBで知り、どうしても聞きに行きたくなりました。オーストリアへのツアー(旅物語)に申し込んでいたけど、音楽祭を聴くためには個人旅行にしないと迷惑を掛けると判断し、キャンセル。そこから1ヶ月掛けて個人旅行プランを練って実現したこの旅行です。
でも、実際にはフォーレ作曲のものではなく、シェーンベルク作曲の同曲。6月、日本でも事前に聴いて「眠くなりそう」と思ったけど、やっぱり当日も「居眠り」。いや、まいった。でも、その日はフェルゼンライトシューレだったので、それだけで満足。その前日は大ホール、その翌日は「モーツァルトホール」と祝祭劇場の三つのホールを制覇できたのも大きな収穫でした。
演奏中の撮影・録音はマナー違反ですので、演奏後の拍手場面で撮影したステージなども紹介いたします。
塩の街「オーストリア共和国〜ザルツブルグ」(by 旅する現場主任@さん)
■□オーストリア共和国□■
○人口:約820万人(2006年現在)
●首都:ウィーン
○人種:オーストリア人
●言語:ドイツ語
○通貨:ユーロ(EUR)
☆入出国☆
観光目的での滞在は、6ケ月以内までビザ不要。パスポートの有効残存期間は、帰国時まで有効なもの。
☆時差☆
オーストリアは、中央ヨーロッパ時間(CET)なので日本との時差は−8時間。3月の最終日曜日から10月の最終日曜日までは、夏時間のため−7時間。
☆気候☆
5月にようやく春らしくなる。夏は30℃を越える日もあるが、湿気が少ないので過ごしやすい。9月になると、冷え込みはじめ、冬は3月頃まで厳しい寒さが続く。
☆祝祭日☆
1/1:元日、1/6:三王来朝、4/11:復活祭(注)、4/12:復活祭月曜日(注)、5/1:メーデー、5/20:キリスト昇天祭(注)、5/30聖霊降臨祭(注)、5/31:聖霊降臨祭月曜日(注)、6/10:聖体節(注)、8/15:マリア昇天祭、10/26:建国記念日、11/1:万聖節、12/8:聖母無垢受胎際、12/25:クリスマス、12/26:聖シュテファンの日、(注)=移動祝祭日
☆概要〜ザルツブルグ☆
ザルツブルクは、標高425メートルに位置し、14万5千人(2007年現在)の人口を擁する。すぐ南西側ではドイツ領土のベルヒテスガーデンに接し、高速道路で西に140キロの位置にミュンヘン、東300キロに首都ウィーンという位置関係から、ドイツのバイエルン州との文化的関係が深い。
ザルツブルクは、モーツァルトが1756年に誕生してから25歳まで住んでいた事で、音楽を愛する世界の人々にとっていわば巡礼地になっており、夏場には”ザルツブルク音楽祭”が開催される。
旧市街やその他の歴史的建築物は、ユネスコ世界遺産に”ザルツブルク市街の歴史地区”として登録されている。
中世ヨーロッパの街を歩く in ザルツブルク vol.2(by shirobeさん)
では、ザルツブルクをご案内します!!
ドイツ国境近くのこの地は、モーツアルトの生誕地であり、音楽の都として名高く、
8月のこの時期はザルツブルク音楽祭が開かれています。
また、映画「サウンド・オブ・ミュージッック」の舞台としても有名となりました。
このあたりは、紀元前1000年頃より岩塩の採掘がされており、
紀元前500年に住み着いたケルト人たちが、街を二分するザルツァッハ川を利用してヨーロッパ中にこの塩を輸出し、富を得ました。
ザルツブルクの名も、ザルツは「塩」、ブルクは「砦」の意味ですが、現在この地で採掘はされていません。
(採掘現場は見学できるようです。ホテルにパンフレットがありました。)
5世紀にローマ帝国滅亡後、荒れ果てたこの地に、
バイエルン公国から派遣された一人の司教がやって来て、
修道院を建設した事より、大司教区領ザルツブルクの礎ができたとのこと。
ナポレオンの襲撃にあうまでの1000年・90人の大司教たちが、教会、宮殿、劇場などを塩取引の莫大な富で建てたため、壮麗な建物が軒を並べます。
写真はミラベル庭園のサウンド・オブ・ミュージック ロケシーンと同じ角度です。
見所は、凝縮していて徒歩での観光です。
私たちは、北の新市街地から、川を渡り、南の旧市街地へ抜けました。
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2009年ザルツブルク音楽祭
ザルツブルク音楽祭2009年の内容が発表になりました。

ザルツブルク音楽祭とは?
ザルツブルク・フェスティヴァル(-ザルツブルク音楽祭 ドイツ語:”Salzburger Festspiele”(ザルツブルガー・フェストシュピーレ))は、オーストリアのザルツブルクで開かれる音楽祭。毎年夏に行われる。ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト モーツァルトを記念したフェスティヴァルとして、世界的に知られている。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ウィーン・フィルを始め、世界のトップオーケストラ、歌劇団、指揮者が集うこのフェスティヴァルは、世界でもっとも高級かつ注目を浴びる音楽祭であるが、あくまで演劇部門が大きなウェイトを占めており、本来ならば「音楽祭」と呼ぶのは不適当(原語であるドイツ語名称は「ザルツブルクの祝祭」という意味でしかない)であるが、日本では慣習上「音楽祭」と呼称している。ここでも、以降は便宜上「音楽祭」と呼称する。
ザルツブルク音楽祭の詳細