キャンベラ旅行記

日豪親善の絆の町、カウラってどんなところ???(by holisanさん)

キャンベラ
 私がカウラを知ったのは息子の海外留学先がこの地に決まったことからです。
 カウラはシドニーより西へ約320キロ、キャンベラの北180キロに位置します。
 初めてシドニー空港に降り立ち、その日にレンタカーでカウラまでドライブしたのですが、今考えてもどうやってたどり着いたか分かりません。
 1989年、ブリスベンで万博が開かれたtoshide、息子への土産は浅草は仲見世でようやく探したハエ取り紙でした。
 こちらカウラは当時 人口9千人程度の小さないなか町、夕方にはすべての商店が閉まり、まるでゴースト・タウンのようでした。
 その町が今ではオーストラリア・ワインの代名詞となるほど白ワインの特産地、カンタス航空のファーストクラスの指定銘柄サービス・ワインに選ばれたことがあります。
 この町に果樹園を開いてもう16年、私はいまや真っ黒になって原住民のアボリジニとも区別つかなくなりました。
 時間が止まる本当にutクリックする。できるところ、リフレッシュ先をお探しなら是非カウラをお勧めします。

【旅行時期】1989/07/14~1989/07/30
【エリア】カウラ
【テーマ】ひとり旅
【投稿者】holisan

オーストラリア旅行記(by ミッチーさん)

キャンベラ
 
社会人として、就職して、はやくも30年が過ぎました。その間、数々のお客様や職員の励ましと家族の協力のもと、今日まで勤続できました。ありがとうございます。今回、特別休暇をもらい、オーストラリア旅行に行ってきました。

<1日目>夜、関西空港よりオーストラリアのケアンズへ
<2日目>朝、ケアンズに到着
     午後、世界遺産、世界最大のサンゴ礁帯グレートバリ アリーフのグリーン島半日観光
<3日目>高原列車「キュランダ渓谷鉄道」で世界遺産観光。





キュランダのコアラガーデンへ






帰りは世界最長のロープーウエイ「スカイレール」で空中散歩





原住民アボリジニの民族ショーを見ながら夕食   <4日目>昼前、シドニー到着。





世界遺産オペラハウス、ハーバーブリッジ、聖メアリーズ大聖堂など観光
<5日目>シドニーのタロンガ動物園観光
<6日目>市街中心地でショッピングの後、夜、シドニーのショーボートで夕食
<7日目>朝、シドニー空港より関西空港へ





次に、オーストラリアの概要を記します

<国土面積>768万K㎡(日本の約20倍)
<人口>  1,995万人(日本の約6分の1)
<成立>  1770年  英国領有宣言
      1901年  オーストラリア連邦成立
<首都>  キャンベラ(33万人)
<主要都市>シドニー(430万人)
      メルボルン(380万人)
      ブリスベン(182万人)
<住民> 
イングランド・スコットランド・アイルランド系(96%)イタリア系(1%) ギリシャ系(1%) 原住民・アボリジニ
<言語>  英語
<宗教>  キリスト教76%(オーストラリア英国国教会26%,ローマ・カトリック26%)
 昔から、「百聞は一見に如かず」と言われているようように、日本と外国の違いを実感しました。
まず、日本人が少なく、まったく日本語が通じないこと。英会話ヒアリングの苦手意識があること。
多国籍の人々が多く、身長も習慣も服装も様々なことだと感じました。
 また、オーストラリアは、英国から独立した国であり、同じく英国から独立した米国にライバル意識をもっており、アンチ米国だそうです。そんなことで、ディズニー嫌いでもあるのです。
今回は、シドニーで語学留学中の私の娘と一緒に合流し、市内ガイドをしてもらいました。
オペラハウス、聖メアリーズ大聖堂など建築過程とその建築様式などに感動しました。
久しぶりに家族で楽しい時を過ごしました。
さすが外国、別世界の夢の国のような感覚になり、有意義な1週間となりました。

【旅行時期】2008/10/11~2008/10/17
【エリア】オーストラリア
【テーマ】
【投稿者】ミッチー

オーストラリア旅行記(6):2月18日:シドニー・ハイドパーク、聖メリー大聖堂、王立植物園(by 旅人のくまさんさん)

キャンベラ
<1996年2月18日(日)>

<大都会、シドニー>
 シドニーはさすがに大都会でした。メルボルンを京都にでも例えるなら、シドニーは首都ではありませんが、東京と言ったところでしょうか。首都のキャンベラをワシントンに例えるなら、ニューヨークと言った感じになるようです。港町のイメージが強いので、横浜か神戸と言った感じもします。
 昨日は市内観光の名目で、いくつかのショッピッングセンター、免税店巡りを余儀なくされましたが、今日は全くのフリータイムです。

<ハイドパーク付近>
 ハイドパークは、よく整備された都会の真ん中の公園です。整然と並んだ大木が公園の伝統を感じさせ、ゴミ一つ落ちていない環境に、公徳心の高さを偲ばせます。南北にまっすぐ伸びた通りは結構距離があり、ジョギングを楽しむ男性や女性の姿を沢山見かけました。
 公園の北東に隣接して聖メリー大聖堂があり、中に入って聖母像やステンドグラスを眺めることができました。静かな大聖堂で木製の椅子に腰掛けると、ここが都会の真ん中であることを忘れさせてくれます。
 この大聖堂から東北方向に少し歩くと、州立美術館がありました。この美術館は、広い芝生に囲まれ、素晴らしい環境の中に立地していました。ここでも、熊田シスターズとばったり出会ってしまいました。どうも似たような観光コースばかりを歩いているようでした。
 この美術館から北へは、海に向かってなだらかな下り坂になっていました。

<王立植物園>
 王立植物園はシドニー湾に面していて、角のように突き出た東の岬がマッコリー岬、西側がペネロング岬です。マッコリー岬には最初の日に車で案内して貰ったミセス・マッコリーズ・チェアーがあり、ペネロング岬の先端が、かの有名なオペラハウスが建っている場所です。こちらも車で案内して貰いましたが、訳が分からない内に退散させられました。
 この時昼食をした場所を忘れてしまいましたが、多分、王立植物園の中のレストランだったような気がします。州立美術館で熊田シスターズと出会ったとき、まだ食事には少し早かったので、食事をせずに分かれた記憶が残っていたからです。
 植物園は、温室が主体でしたから、少し蒸し暑く感じましたが、珍しい植物で一杯でした。十分に見応えがありました。
 公園の中には海鳥が沢山舞い降りて来ていました。今日も素晴らしい天気でしたので、公園の芝生の上で暫く昼寝をすることにしました。日差しがまぶしいので、木陰を選びました。あちこちに、昼寝をする人達が居ました。子供達の声だけが耳に残りました。最後はそれもなくなり、眠りに落ちました。今度の旅行の中で、一番素晴らしいひとときでした。

<韓国料理店、真露>
 メルボルンでもシドニーでも、チャイナタウンで中華料理を食べましたので、今日は別の店を探すことにしました。不味くて、でっかいステーキや、ポテト料理がどっさり出てきても困りますので、韓国料理店を探すことにしました。
 案内図で探して、泊まったホテルの東方面に韓国料理の店があることが分かりましたので、そこを尋ねました。おおよその方向と、距離が分かっていましたので、その店は難なく探し当てることができました。シドニー初日に、マイクロバスで通った道路沿いでした。
 店主とおぼしき人は、まだ若い人でした。おそらく、韓国人二世の方ではないだろうかと推察しました。店員さんは、学生さんとおぼしきアルバイト風でした。メニューを見て、普通の韓国料理を幾品か頼みました。店の中はすべて英語でした。
 ビールもありましたが、折角ですから韓国のお酒はないか店主に尋ねましたら、

 「ウィ ハブ ア チンロ リキュール」

 の答えが返ってきました。真露が置いてあるとの答えです。韓国で一番ポピュラーな焼酎です。

 「イエス プリーズ」

 と、すぐに注文しましたら、店員さんが持ってきたのは紙パック入りでしたので、一瞬注文間違いかと疑いました。しかし、パックに描かれていたのは紛れもなく、「真露」の文字でした。店員さんが

 「オン ザ ロック?」

 と、聞かれましたので、

 「ノー ストレート プリーズ」

 と頼みましたら、店長も店員さんも、一瞬驚いて、肩をすぼめてみせました。こちらでは、焼酎はオンザロックか湯割で呑むのが、普通のようです。あるいはカクテルベースにするのかも知れません。
 晩酌用に適当に頼んだ料理を食べながら、「真露」をゆっくりと楽しみました。料理はちゃんと唐辛子風味になっていました。初めて見るパック入りでしたが、「真露」の味は、いつもと変わりませんでした。このお店で、夕食も兼ねてゆっくりと食事を済ませました。

<土産物>
 韓国料理店は土産物屋さんが並んだ一角にありました。それで、帰りに民芸品やら革製品をお土産に買いました。この種の土産物は、免税店で買うより、市中で買った方がよっぽどお得です。
 革製品では、小銭入れや、カンガルーのセカンドバッグなどを買い求めました。民芸品も、あまり荷物にならない品をいくつか求めました。帰りも同じ道を歩いて戻りました。

【旅行時期】1996/02/14~1996/02/19
【エリア】シドニー
【テーマ】
【投稿者】旅人のくまさん

オーストラリア大陸の最高峰、Mt Kosciuszko (コジオスコ)登頂(by GOGO TOURSさん)

キャンベラ
Mt Kosciuszko (コジオスコ)は、オーストラリア大陸の最高峰2228m(七大陸最高峰)です。コジオスコ国立公園の中心地にあります。また、この山を中心とする地域は、スノーウィー・マウンテンズと通称され、冬季にはオーストラリアの主要なスキーリゾートとして知られている。ポーランドの探検家が、ポーランドとリトアニアの英雄タデウシュ・コシチュシュコにちなんで、1840年に名付けました。

【アクセス】
メルボルン→Thredbo(スレブド)約545km/6時間30分
キャンベラ→Thredbo(スレブド)約210km/3時間
*Thredbo(スレブド)を基点としたMt Kosciuszko(コジオスコ)頂上までのトレッキングの場合
*Googleによるマップ:
  • http://maps.google.co.jp/maps?ie=UTF8&ll=-36.484245,148.137589&spn=0.400257,0.615234&t=h&z=11


  • 【トレッキングルート】
    ルート:Thredbo(スレブド)⇔Mt Kosciuszko(コジオスコ)頂上2228m往復コース
    *リフトを使った最短登頂コース
    距離&所要時間:往復約13km/約4時間から5時間

    【ハイキング&トラックツアー&各種個人旅行手配会社】
    Mt Kosciuszko(コジオスコ)登頂トレッキングツアーも催行しております。オーストラリアのエコ&ネイチャーツアー、ハイキング&トレッキングツアーなら、経験と実績のあるGOGO TOURSにお任せ下さい:
  • http://www.gogotours.com.au


  • 【旅行時期】2008/11/20~2008/11/21
    【エリア】ニューサウスウェールズ州
    【テーマ】ハイキング・登山
    【投稿者】GOGO TOURS

    魅惑のトルコ☆大周遊⑧アンカラ(by ayanさん)

    キャンベラ
    魅力がたっぷりつまったトルコ周遊旅行、第8弾は首都アンカラです!

    え、トルコの首都ってイスタンブールじゃないの?って誰しもが思うんじゃないでしょうか?かくいうわたしもそうでした・・・。オーストラリアの(シドニーじゃなく)キャンベラ、アメリカの(NYじゃなく)ワシントン、スペインの(バルセロナじゃなく)マドリー、ブラジルの(リオじゃなくて)ブラジリア、・・・ちょっと考えてみましたが結構ありますね、無名な首都って。(あとどこでしょう!?まだありそうで気になってきました・・)

    話を戻して、、、カッパドキアからはバスで4時間半、イスタンブールからは6時間。これまた滞在時間が短くたっっったの半日強しかいられず街歩きがまったくできませんでしたが、博物館やショッピングモールの様子を残しておくことにします!



    <<作成中>>

    【旅行時期】2006/01/04~2006/01/13
    【エリア】アンカラ
    【テーマ】
    【投稿者】ayan

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    キャンベラとは?

    キャンベラ (Canberra) は、オーストラリアの首都であり、同国の南東部に位置する。ニューサウスウェールズ州の地域内に置かれているが、行政上は「オーストラリア首都特別地域 首都特別地区」と呼ばれるオーストラリア連邦の直轄地であり、どの州にも属さない。都市の名前は1913年に命名された。ジャービス湾 ジャービス湾特別地域も含まれる。
    :”主要記事:w:History of Canberra History of Canberra”
    1901年にオーストラリアがイギリスから独立した時、首都の座をめぐり、メルボルンとシドニーが対立。1911年にこの両都市間の首都争いに決着を付けるべく、キャンベラの建設が始まり、キャンベラはニューサウスウェールズ州から分割された。メルボルンとシドニーとの間に直線を引いたほぼ中間地点にあることから、この地にキャンベラが建設された。1927年に臨時首都メルボルンからキャンベラに遷都され、1929年に初めてキャンベラで国会が開かれた。1960年に一応キャンベラは完成した。キャンベラはアメリカ人の建築家ウォルター・バーリー・グリフィンにより設計された人工都市であり、彼の名から付けられた人工湖バーリー・グリフィン湖がある。

    キャンベラの詳細